イトーヨーカドー川崎港町店が1月26日に撤退した。
京急鈴木町駅の近くで26年間営業していた。イトーヨーカドーの出店に関しては、当初から町の商店街はどうなるのか、「大型店は営業が少しでも悪くなれば撤退すればいいが、商店や住んでいる人たちはそうはいかない」という心配の声が、次々と上がり、遂には、地域のスーパー「マツケイ」と「民商」が共闘した闘いを繰り広げていった。
地域の商店街だけでなく買い物客にも「商店街の灯を消すな」とのスローガンと共に闘いの輪が広がっていき、商店街がつぶれてしまえば商店だけでなく「町の灯が消えたようになってしまう」と、大師地域を中心として宣伝カーがまわり、さらに地域の人たちに訴えかけた。「大型店の出店反対」のビラも配り、反対運動は大きく盛り上がっていった。
特筆すべきは1998年の参院選で日本共産党のはたの君枝さんが、「大店法反対」、大型店の出店反対を訴え、川崎区ではトップ当選(川崎市全体では2位)したのである。逆に、当時、保守系の大物政治家がトップ当選間違いなしと言われていたにもかかわらず負けてしまった。この大物政治家は「イトートーカドーは私が誘致した」と言っていたが(実際、撤退間際のイトーヨーカドー自身の写真展でも大物政治家がにこやかにテープカットしている写真が残されていた)、そのことで、一気に旗色が悪くなり、そのことにより落選したという逸話とともに語り継がれている。
川崎区の出来野商店街は、この地域有数の商店街であり、夕方などは、それこそ買い物客で先が見えないほどの賑わいがあった。旭町商店街でも青果店が3店も競い合って営業していた。イトーヨーカドーが出店して間もなく、住民の皆さんが心配した通り、この商店街は灯が消えたようになってしまったのである。大型店の出店によって、当初から心配されていたように、商店街の灯が消えてしまった。出来野商店街は閑散としてしまい、旭町商店街は商店街事務所も解散してしまい、商店街を照らして賑わいを演出し、防犯対策の一翼を担っていた街灯も取り外されてしまった。近くの人たちは、買い物をするにしても、少し離れたスーパーまでいかなければならない。
当時から言われていたが、商店のやる気を引き出し、行政と一緒になって、街の宝である商店街を残した街づくりこそ、人情味のある賑わいある社会が、人間にとっても、本当のまちづくりと言えるとの主張が、今回の大型店の撤退によって、かえって証明されたようになっている。
光野通信員(川崎区)