ごあいさつ    市古ひろかず

 私は、1948年8月に東京・葛飾で生まれました。いわゆる団塊世代です。そして、大学在学中の21歳から川崎に住み始め、はや40年以上になります。2013年3月退職までの41年間、川崎の教員として働いてきました。

その前半の18年間は、中学校でした。中原区の住吉中学校で担任をし、国語の授業を担当しました。子どもたちにも同僚の先生たちにも恵まれ、地域のみなさんに支えられて、たくさんの貴重な出会いがありました。同時に、地域での教育環境改善の運動にも参加していきました。「15の春を泣かせない」の合言葉で取り組んだ高校増設運動の中で、住吉中の隣に在った米軍基地を返還させ、住吉高校が誕生するという大きな成果が生まれました。切実な要求にねざした市民運動こそが、子どもたちを守り、教育条件を改善する大きな力なだということを確信しました。

教師生活の後半は、小学校の教師となりました。中原区の苅宿小、今井小、そして、川崎区の東桜本小、浅田小と移動しましたが、最後まで、担任としてクラスづくりと学び合い、話し合いのできる授業づくりをめざして努力をしたつもりです。

地域での教育環境改善運動は、30人以下の少人数学級の実現と中学校給食の実施が切実な要求でした。市民、保護者、教職員の有志が集まり、「ゆきとどいた教育をすすめる川崎市民の会」がスタートし、要求実現をめざしました。地域での学習会を積み重ね、街頭での宣伝署名行動で市民に訴え、議会・市教育委員会への請願を続けました。こうした20年以上の粘り強い市民の運動の成果が、2017年1月から4中学校で開始された「全員喫食・自校調理方式」の給食です。市民の一番の願いだった自校調理方式がついに実現したのです。残念ながら、後発の48校は巨大給食センター方式での実施となりますが、市民運動はここで終わることなく、センター給食の改善と学校への栄養士の配置を粘り強く求めていくことにしています。

今、川崎の教育環境で最も遅れているのは、36人から40人までの過大学級が小学校3年生以上の多くの学年で続いていることです。福田市長は、4年前の市長選挙で、市民団体からの質問「川崎市独自で、小学校3年生以上に少人数学級を拡大することへの賛否」を聞かれ「賛成です。少人数学級を拡大し、よりきめ細やかな対応をしていかなければなりません。」と文書で回答しました。しかし、この4年間に福田市長は少人数学級を拡充せず、学校現場が特に望んでもいない「習熟度別指導」を無理やり導入しています。

「市民派」と言いながら、市民の声、現場の声を「自分とは考えが違う」と切り捨て、大規模開発に猛進する市政はもうたくさんです。

市民の声をしっかりと聴き、市民とともに市政を変えていきたいと決意しています。

Page 3

「無所属で共産党推薦の市古ひろかずです」

「無所属で共産党推薦の市古ひろかずです」

10月13日。冷たい雨の朝。新百合ヶ丘駅南口で9区で立候補している日本共産党の斎藤のどか候補と宣伝。体感温度は...
Return Top